「ズルタンじいさん」は童話界屈指のもやもや話!?

あるところにズルタンという名前の犬がいました。
ズルタンは主人に対し、とても忠実に生きてきましたが、その主人に殺されようとしていました。
ズルタンが年老いて泥棒のひとりも捕まえられなくなったと思われたからです。

絶体絶命のズルタンでしたがそこに知恵を授けてくれる狼が現れました。
狼は「自分が飼い主夫婦の子供を攫うから、ズルタンが子供を取り返し2人に手柄を見せつけるんだ。そうすれば殺される心配がなくなるどころか今までよりずっと大事にしてもらえる筈だ」と言います。

ズルタンは狼の意見を聞き入れ作戦は実行されました。
作戦が上手くいったのでズルタンが飼い主夫婦に大事にされるようになるところまでは計画どおりです。

作戦が終わると狼はこう言いました。
「今度はお前がおれを助けてくれ。おれは明日、お前のところにいる羊を一匹盗っていくが見て見ぬ振りをしてほしいんだ」

しかしズルタンは主人に忠実な犬。
この申し入れを断りました。

狼はまさか本気で断られたとは思わなかったので後日計画を実行してしまいます。
ズルタンから狼の計画を聞いた主人は盗みに入った狼を懲らしめました。
狼はズルタンを恨み、復讐するため森に呼び出しますが自らの勘違いにより復讐に失敗してしまうのでした。
(完)

完訳グリム童話集〈3〉 (ちくま文庫)

 
これがグリム童話に収録されている「ズルタンじいさん」という話のあらすじです。
私は思いました。

この話、ハッピーエンドってことで良いの??

確かにズルタン側から見ればハッピーエンドなんでしょうけど、なんだかもやもや。
だって狼はズルタンにとって命の恩人の筈。
それなのにあっさり告げ口しちゃうんですよ。

年老いて役に立たなくなったから殺そう!
と言い放ったご主人様なのにそれでも忠義を貫き通すなんて……。

もしズルタンの気持ちが少しでも作中に書かれていればこんなにもやもやしていないと思います。

例えばその昔ズルタンは野良犬で、飢えていたところを今のご主人様が助けてくれたエピソードがあって!
だからぼくを生かすも殺すもご主人様次第なんだ!
とか書いてあれば「そうか、そうか」ってなると思うんですよね。

でもズルタンについては「忠実な老犬」以外の情報がほとんど存在しません。
そのせいでちょっと薄気味悪さみたいなものがあるんです。
「こいつはいったい何を考えてるんだ?」
という。

狼はズルタンに裏切られて怒ったり、森で勘違いをして怯えてたりしていて性格もなんとなく分かるんですけど。

 
ズルタンがどんな犬なのか私なりに考察してみました。

1.「忠実な犬」なのでご主人様の利益を優先するのは当然。狼が命の恩人なんてことは関係ないよ。
骨の髄まで忠犬ズルタン。

2.成り行きで狼の作戦に乗ったけど、別段命が惜しかったわけではないので狼には大した恩義を感じていないよ。
ドライ・ズルタン。

3.狼にお礼を要求されることも見越して作戦に乗ったよ。狼は利用してやった。
狼より狡猾ズルタン。

 
素直に「ズルタンじいさん」を受け止めるなら1ですが、作品から受けた印象だと2です。
3もあり得そうだけどこれが一番嫌ですね(笑)

 
正解は分かりませんが、ズルタンは何を考えていたのか気になります。

怖いグリム童話「犬と雀」

暑さもだいぶやわらいできたような気がします。
怖い話で量を取りたい季節もそろそろ終わりですが、今日紹介する話もちょっぴりホラー。

グリム童話から「犬と雀」です。
「悉平太郎」とは違った、グリムらしい怖さがあります。
こんな話です。

 
ろくに餌もくれない主人に嫌気がさして、牧羊犬は家出をしました。
道々雀と出会って、お腹が空いていることを話すと雀が「いっしょに町に来ればお腹いっぱいにしてあげる」と言います。
雀は町に着くと犬のために肉や、パンを盗んで犬に食べさせてやりました。
満腹になった犬はしばらく歩くと疲れて眠ってしまうのですが道ばたで寝ていたため、やって来た荷馬車に轢き殺されてしまいます。

そこで雀はどうしたのかというと……怒り狂ったのです。

狂気に取り憑かれた雀は積み荷のワインをすべて駄目にし、馬車馬の目玉を抉り出しました。
怒った馬方が雀を殺そうと斧を振りかぶるとひょいっと避け、斬撃を馬に浴びせることに成功します。
同じ要領で三頭の馬すべてを殺しましたが雀は満足しません。

「もっと不幸にしてやる」

雀は言いました。

馬方が家に帰ればたくさんの鳥を引き連れて、馬方の家の小麦を食い荒らしました。
怒った馬方が斧を振り回し家の中はめちゃくちゃ。

ようやく雀を捕まえた馬方は雀を丸呑みにしましたが、すぐに雀は喉まで上がってきて馬方の口から顔を覗かせました。
馬方はおかみさんに雀を殺すよう依頼しますがかち割られたのは雀の頭ではなく、馬方の頭でした。

 
犬はあっさり死んでしまいますが、あっさり死んでしまうからこそその存在が際立っているような気がします。
いったい、犬と雀はどんな関係だったのでしょうか。

雀はなんでこんなに犬に親切なんだろう?
と「犬と雀」を読んだすべての人が思うことでしょう。

仮に雀が出会ったばかりの犬のため馬方を葬ったのだとしたらこの雀、絶対敵に回したくないですね。
怖すぎです。
1匹と1羽が元々知り合いだったとしたら自然ですが、読んだ印象だとなんとなく違う気がします。
私は犬と雀が知り合いだったというより一方的に雀が犬のことを知っていたのでは。と思うんです。

犬があっという間に退場してしまうので犬から雀に対する執着心はまるで感じられません。
それに対して雀は犬に対して特別な思い入れがありそうです。

馬方殺人事件を振り返ってみると、どうも雀は直情的な性格をしている模様。
ここでふと、ある可能性が思い浮かんできました。

雀が犬のストーカーだった可能性です。
ストーカーといっても見守り型というか…星 明子(画像左下の人)みたいな感じをイメージしています。

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物陰から犬を見つめる雀。

「犬さん……今日もすてき……」

しかし憧れの犬さんに話しかけるきっかけを掴めずにいました。
そんなところに家出してきた犬さんが現れるんです。

犬を轢き殺した馬方を恨む気持ちも分かります。

犬と雀の関係を不明瞭にしたままだとひたすら怖いですが、童話なので何か意味がある筈です。

うーん。外見で判断してはいけないという戒めでしょうか?
雀の生態を調べてみても凶暴な鳥には思えないんですよね。

温厚だと思っていたひとも怒らせたらとんでもないことになるかもよ?
の方が近いかもしれません。

僧侶と悉平太郎VSヒヒ!

そろそろ立秋ですがまだまだ暑いですし、ちょっぴり怖い犬の話を探してみました。
『悉平太郎(しっぺいたろう)』というお話です。

 
あらすじ
ある村では毎年神様に年頃の娘を生け贄に捧げていました。
捧げられた娘は神様に食い殺されてしまうので村人は悲しみますが、しきたりを破ることはできません。

偶然村を通りかかった修行僧が村の事情を知ることになり解決策を練ります。
僧は妖怪が悪さをしていることをつきとめ、さらに「悉平太郎」なるものが妖怪の弱点であることを知りました。

僧は旅をして「悉平太郎」を見つけ出します。
驚くべきことにこの「悉平太郎」というのは犬だったのです。
犬が妖怪の弱点というのは本当だろうか、と僧が訝っているとどうしたことでしょう。懐にしまっていた竹箆(しっぺい)が輝き出しました。
僧は悉平太郎から不思議な力を感じ信じてみることにしました。

生け贄を捧げる際、柩に娘を入れて運ぶのですがこのときは娘の代わりに僧と悉平太郎が柩に入りました。
村人たちが柩を置いて離れると山の方から巨大なヒヒが現れます。

すると再び竹箆がまばゆい光を放ち、悉平太郎を吸収してしまいました。
僧の全身から力が溢れてきます。
今なら確実にヒヒを倒せる! と思った僧は渾身の念を竹箆に込めました。
「破ァ!!!!」
ヒヒは粉微塵になり村には平和が訪れたそうです。
その後、僧は人知れず村から消え、伝説だけが残りました。
(完)

 
…………というのは嘘あらすじです。

本当の悉平太郎では極普通に悉平太郎を迎えに行き、いっしょにヒヒに立ち向かい、悉平太郎がヒヒを噛み殺して終わります。

ヒヒと戦った後のことは諸説ありました。
悉平太郎はその場で死んでしまったり、元々暮らしていた寺まで無事帰ることができ祀られることになったり。

原話は宇治拾遺物語の『吾妻人生贄を止むる事』。かと思われます。
こちらの話だと主人公は犬ではなく、僧のように村を訪れる狩人です。
犬がどうなったのかは書かれていません。

 
私が読んだ「悉平太郎」系の話だと僧は無事村を出られるのですが一歩間違えば危なかったですよね。
村人たちは妖怪を神様だと妄信していたわけですから。
「これは妖怪です」と説得しても「荒神様なんじゃーー! なんで殺したーー!」ってリンチされていた可能性もあったと思います。
登場人物が僧侶なのも説得力を持たせるため、なのかもしれませんね。

ただの旅人の言うことは信じられないけど御仏に仕える坊さんが「神様ではなく妖怪だ」と言えば信じられる、と。
もしかしてこの話は「物事はまず自分の頭で考えましょう」ということなんでしょうか……。

ちなみに「竹箆」というのは禅宗で修行するときに人を打つのに使う平たい竹製の杖のこと。
しっぺの語源とも言われています。
犬の名前に竹箆? という気もしますが悉平太郎は元々寺暮らしだったので名付け親はお坊さんでしょう。
竹箆は修行僧を導く大事な杖らしいので、旅の僧侶を導く犬の名前だと思えば納得です。

(よく座禅でパーーーン、とやっている棒は竹箆ではなく警策。警策は木製で、竹箆よりさらに平たいところが違います。警策で打たれるより痛そうです。)

来月は七夕!日本と中国の羽衣伝説

来月7月7日は七夕ですね!
今日はその七夕に関わりのある昔話を取り上げます。
『天人女房』です。

『天人女房』は羽衣伝説として日本全国で伝承されておりパターンも色々ありますが、
男が水浴びをしている仙女の羽衣を隠して結婚するも天女が羽衣を見つけ天に帰ってしまう。
という流れは多くの説話に共通しています。

大きく分類すると「七夕型」、「七星始祖型」、「難題型」の3つに分かれるようです。
日本には、七夕型と難題型の複合型として中国から入ってきたと言われています。

しかし中国版と日本版では登場する動物が違うんです。
中国版では牛。日本版では犬が主人公の男を助けてくれます。

中国の話では牛が天女の水浴び場所を教えてくれて、天女と出会い、結婚します。
また天女が昇天した後は牛が自分の皮を男に与え、それを着ることで天に昇ることができます。

なぜ牛かというと中国には供儀に牛を用いる習慣が根づいていたためですね。
日本で牛犠牲のモチーフが消えてしまったのは羽衣伝説が入ってきた時点の日本人に牛は馴染みが薄かったのでしょう。
牛供儀の習慣は弥生時代から始まったとされるので天人女房譚が海を越えてきたのは縄文から、遅くとも弥生初頭のようです。

日本の話では牛に取って代わった犬ですが牛と違って物語中で死にません。

日本版天人女房だと天女を追いかける際、不思議な植物の力を借りて天に昇ります。
最後の最後で植物の蔓が天に届かず、犬の力を借りる。
というパターンで犬が登場するのですが天上の天女が手を貸してくれるパターンも存在するんですよ。
こちらの場合だと犬は登場しません。
つまりいなくてもなんとかなってしまうわけなんですよね。

中国の牛は死んで男を天に導きますし、犬が牛の代わりなら同じように死んで然るべきというか……そうなっていた方が素直だと思いませんか。

『花咲かじいさん』を振り返ってみると、犬は一度死んで植物に生まれ変わり、灰に生まれ変わり、花になり……おじいさんを幸せにします。

もしかすると元々は『花咲かじいさん』の犬のように死んで巨大なツヅラフジかドングリの木に生まれ変わって主人公を天に導いていたのかもしれません。

それがだんだん犬が死ななくても不思議な植物が育つようになり、犬の役割が薄まってしまった、とか。

それでも犬というキャラクターが排除されなかったのは伝来したのが縄文時代だったからでしょうか。
縄文時代の犬は狩猟のパートナーとして日本人と生活しており、人といっしょに埋葬されたりもしていたようです。

日本の昔話において犬という動物は「天」との繋がりが強く神の使い的な役割を担うこともしばしばあります。
『天人女房』の主人公も天に昇るので案内役として犬を残したのかもしれません。

平安犬事情 『枕草子』に登場する犬

本日はかの有名な『枕草子』に出てくる犬の話です。
犬の名は翁丸(おきなまろ)。
『枕草子』九段「上に候ふ御猫は」に登場します。

タイトルに猫、とありますがこの猫が物語の引き金を引くんですね。
猫は命婦(みょうぶ)のおとどという名前をつけられ一条天皇(980-1011)に可愛がられていました。

清涼殿に昇殿するため五位の位を与えられた。
というところまでは理解できますが、猫の身でありながら乳母がついていたというのだから驚きです。
平安貴族は犬より圧倒的猫派だったんですね^^;

とはいえ犬が粗末に扱われていたわけではありません。
平安時代の犬は、
①狩猟犬として犬飼という専門家に世話されながら暮らす犬。
②野犬だったが人に懐いてかわいがられるようになった犬。
がいたといわれています。

翁丸はどちらだったのでしょうか。

 
ここで物語のあらすじをおって見たいと思います。

命婦のおとどを世話していた女房が猫を御簾の内に入れるため翁丸をけしかけるところから話は始まります。

「命婦に噛みつきなさい。」

といわれたおばかさんな翁丸は思いきり猫を追いかけてしまい、そのことを咎められて島流しにされました。
数日後自力で宮中に帰ってくるのですが、蔵人2人にぶたれ死んでしまいます。(蔵人が「死んだので捨てた」と言っているだけなのでたぶん死んでないんですが)
その後再び現れた翁丸でしたが、最初は名前を呼んでも反応しないため犬違いかと思われました。
後日清少納言が「翁丸は死んでしまって実にかわいそうだ。どんなにつらかっただろう。」と言うと犬が体を震わせて涙を流したので、やはり翁丸であると分かるのです。
犬にもこのような心があるのだなあと天皇も感心し、翁丸は許されました。

 
私が気になったのは犬の島流しと、翁丸は本当に泣いたのか。というところです。

まず1点目。
翁丸が流されたのは犬島というところらしいのですが、これはいったいどこのことなんでしょうか。
調べてみると岡山県に犬島という名前の島が存在しました。
ウィキペディアによるとこの島の名前の由来のひとつに犬島の比定地である、とあります。

どうも平安犬たちが悪さをすると流されたという「犬島」がどこのことなのかははっきりしないようです。
仮に翁丸が岡山県の犬島に流されたとするとどのくらいで都まで帰れるのか計算してみました。

岡山—京都の県庁間最短距離171.2km。
翁丸は犬ですが人間の平均歩速、毎時4kmで進むとし、1日に14時間歩いたとします。

ものすごく雑な計算ですが、これだと3日くらいで到着ですね。

翁丸が島流しにされてから3、4日が経った頃に翁丸が帰ってきたとあるので整合性は取れます。
岡山京都間を3、4日で帰れる気がしなかったので実は島に流されてないのでは?
と思ったんですが、これは流されてそう。

 
次に翁丸は本当に泣いたのか。という疑問を解決したいと思います。
震えながら涙を流す翁丸はいじらしく、「上に候ふ御猫は」を良い話たらしめる重要なシーンです。

しかし!
グーグル検索をしてみると犬は感情が昂って泣くことはないと出てきました。
緊張しているとか目にゴミが入ったという場合がほとんどらしいです。

翁丸は緊張していた……?
していた。かもしれません。
でもそれだったらもっと早い段階で泣いていてもおかしくないような。

とすると、目にゴミが……?
ゴミが原因で涙を流していたとしたら、誤解ではありますが翁丸にとってはとてもラッキーでしたね。
翁丸は「誤解だけど、まあ良いか。」と思っていたりしたんでしょうか(笑)

人と犬の寿命はどのようにして決まったか

今日の童話犬シリーズでは『寿命』を取り上げます。

厚生労働省が発表している最新情報によると、日本人の平均寿命は男性80.21歳。
女性86.61歳。だそうです。
一方犬は大型犬と小型犬、犬種にもよりますが、おおよそ12から15歳くらいが寿命のようです。

人間と犬ではかなりの寿命差がありますよね。
どうしてこんなにも差があるのでしょうか。

当たり前のように思っていましたが、80歳まで生きる犬がいないのはなぜなんだろう。
と、ふと疑問に思いました。

 
『寿命』は人間や犬、ロバ(馬のパターンなどもあり)、猿の寿命について語られる話で、パターンは2種類あります。
1つはで見られる、3匹の動物が人間に寿命を分けてくれるイソップ童話パターン。
もう1つは神様が寿命を与えてくれるグリム童話・インドの昔話パターンです。

どちらのパターンにも犬は登場しますが、今回は後者のパターンで話を進めていきたいと思います。

グリム童話の『寿命』で登場するキャラクターは元々同じ寿命を貰う筈でした。
なんと人間も犬も馬も猿も、みんな30年!
現代に生きる日本人から見るとずいぶん短いように思います。

しかし物語に登場する人間以外の動物たちは、寿命は30年もいらないと言いました。
ロバは重い荷運びを30年もしたくないと言って寿命を18年に減らしてもらい、犬は30年も走り回ることはできないからと12年にしてもらいます。
猿は30年もおちゃらけて生きるなんて耐えられないと寿命を10年まで減らしてもらいました。

最後に、30年の寿命じゃ短すぎますぅー!!とごねた人間がどうなったかというと、ロバと犬と猿が神様に返した寿命を足してもらえることに。
ですがこれでめでたしめでたし、にはならなかったんですね。

最終的に人間の寿命は70年まで延びましたが、足された寿命は元々の持ち主の形質を受け継いでいたのです。
最初に貰った30年の寿命が終わると、次にくるロバの18年では様々な重荷を背負わされものすごく働かされます。
次が犬の12年。
犬が12歳にもなると足腰が弱くなり歯も抜けてくるのと同様に人も体に不調が現れ出します。
そして最後に猿の10年。猿のように他人に笑われ生きる10年です。

確かに寿命が30年というのは短いように思いますが、こうやって見ると欲張った甲斐あったような…なかったような…。
だいぶ皮肉の利いたエンディングです。

 
ちなみに、イソップ童話パターンでも流れはいっしょです。
動物から寿命を分けて貰っても人間の一生は上記のような感じになります。
寒さに凍える動物たちを家に招き入れ、良くしてあげたお礼に寿命を分けてもらうのに、です。
お礼の寿命なのに苦労させるのか!
と、妙にもやもや(笑)

 
と、まあこんな感じで人間の寿命は70年、犬は12年と定められたわけですが現実では必ずしも70歳ぴったり、12歳ぴったりでお迎えがくるとは限らないですよね。

犬の最長寿命は、29歳5ヶ月でギネスに認定されています。
オーストラリアン・キャトル・ドッグという犬種でオーストラリア原産の中型犬です。
犬の29歳5ヵ月は人間でいうと130歳以上になるらしく、人間の最長寿ギネス記録122歳を超えます。

犬の寿命は、大型<中型<小型と長くなる傾向があります。
しかしこの世の生物全般を見ると、一般的には体の大きい動物の方が長生きです。
ネズミよりウサギ、ウサギよりゾウ。といった具合に。

びっくりして寿命が縮んだ!
という話を聞いたことありませんか。

あれには根拠があったんですね。
恒温動物は一様に、一生で刻める心拍数が決まっているといわれています。
心臓が15億回拍動すると永遠の眠りについてしまうのです。

小型の動物の方が心拍が速いので早世ということになりますね。

では、なぜ犬がこの法則に当てはまらないのかというと、犬は人間と暮らす間に品種改良され元々の自然な姿とは異なるから。ではないでしょうか。

『寿命』の中で犬は寿命を12年と定められました。
一見短い生涯のように思えましたが、こうやって考えてみるとなかなか良い一生なのかもしれません。
人間でいう80年を約12年に凝縮して過ごすということですからね。

太く短い犬の一生。
つい、飼い犬との時間を大切にしたい!
と思ってしまいます。
わたしは犬飼ってないんですが…。

犬と猫とうろこだま

童話犬シリーズは本日で3回目。今回のテーマは「犬と猫の恩返し」です。
そんな昔話は聞いたことがない?
では「うろこだま」ならどうでしょうか。
または「いぬとねことふしぎな玉」とか。

「犬と猫の恩返し」は世界中に分布する呪宝譚の1つで、タイトルのバリエーションがかなりあるみたいなんですよ^^;
わたしが借りてきたのは日本と韓国の昔話だけでしたがすべてタイトルが違いました。

この話を大まかに説明すると、

1.犬と猫を飼っていたおじいさんが呪宝を得る。
2.宝の力で富を得るが宝を盗まれ再び貧乏になる。
3.犬と猫が宝を取り返しに行くが途中の川で奪い返した宝を落としてしまう。
4.犬と猫が宝の代わりに魚を持っておじいさんの家へ帰ると捌いた魚の腹から宝が出てきてめでたし、めでたし。

こんな感じです。

この「呪宝」が指輪や一文銭、延命小槌だったりと色々な上に呪宝授与者も蛇や猿、竜王と様々。というわけでタイトルも一様じゃないんですね。

今回調べてみておもしろかったところは日本版「犬と猫の恩返し」と韓国版「犬と猫の恩返し」でだいぶ印象が違ったことですね。

日本版だと最後はみんなで仲良く暮らし終わるものが多かったです。

対して韓国の昔話として語られているこちらや
韓国のむかしばなし いぬとねこ

こちらに収録されている「犬と猫の恩返し」では、犬より猫が可愛がられるようになりました。
世界の犬の民話

玉を持ち帰る過程で犬がミスを犯し、猫がおいしいとこ取りします。
それが犬が外飼いで、猫が内飼いになった起源です。とまとめられていました。

単純なわたしはこれを読んだとき「えっ、もしかして韓国人って犬嫌いなの?」と思ってしまいました(笑)

実際はそんなことないそうで、あとがきにも韓国では猫より犬が好まれてきたと書いてあります。
ならばなぜ猫を上げ、犬を下げるような書き方をするのか?
という疑問が湧いてきます。
果たして犬が外で飼われている理由に結びつけたいだけなんでしょうか!?

なんでしょうか!?って実はこれかな?というのがあるんですが(笑)

前回、花咲かじいさんの話をまとめたときにちらっと『狗耕田』の話をしました。
おさらいをすると狗耕田は兄弟の話で、弟の方が成功を収めます。

昔話に兄弟・姉妹が登場すると大抵の場合、末子が成功しますよね。
有名どころだとシンデレラや3匹のこぶた、とか。

この「末子成功譚」。
末の子が成功するのはなぜかという答えの一説に同情的補償説というのがあります。
現実世界では長子ばかりが得をするので創作の中では末子を幸せにしてあげようと考えた。という説です。

この考え方を韓国版「犬と猫の恩返し」に当てはめてみるとどうでしょう。

韓国で猫は霊的な力を持つ個性的な動物と考えられてきたそうです。
韓国人「猫って不気味〜」
こんな感じなのかも。

なので作者が哀れに思って猫を優遇したのではないか、と思うわけです。

 
韓国版犬と猫の恩返し『いぬとねこ』ではもう1つ気になることがありました。

それは犬が「モンモン」と鳴くこと!

犬の鳴き声は、日本語だと「ワンワン」、英語だと「Bow wow(バウワウ)」というところまでは有名ですが他にもフランス語「Ouah ouah(ウアッ ウアッ)、 Whaf whaf(ワッフ ワッフ)」、中国語「汪汪(Wang wang)」、スペイン語「Guau guau (グアウ グアウ)」を見つけることができました。

ヨーロッパの方がちょっとリアルな感じでしょうか。
日本語は音節が少ないので発音の微妙な表現は得意じゃないのかもしれません。

でも日本人には「ワンワン」って聞こえますよね?

花咲かじいさんに出てくる犬は福をもたらす犬?(後編)

前編では花咲かじいさんの中で再生する犬について考えました。
最後に謎の犬が登場しましたが、彼(彼女?)は何なのでしょうか。

『日本の昔話 はなさかじい』以外にもこんな感じで犬が登場する作品があれば正体が分かるかもしれません。

花咲かじいさんの本

というわけで複数冊の花咲かじいさん関連の本を追加で借りてきました。
結論を言うとどの本にも謎の犬は登場せず、でっかい犬の正体は薮の中。

この犬が登場することにも何かしら意味がありそうですが……。

思うに、この犬は欲張りじいさんにも悔い改めるチャンスが示唆されているということなんじゃないでしょうか。
多くの花咲かじいさんは悪いおじいさんがこらしめられたまま終わってしまいます。

花咲かじいさんの教訓はただ単純に「欲張るとろくなことにならない」ということではないと思うんですよね。
犬に優しくしたおじいさんは富を得て、犬に意地悪をしたおじいさんは不幸を被る。
因果応報といった方が近いような気がします。

つまり、欲張りじいさんも自分の行いを反省し、後ろをついてきた犬に優しくできれば幸せになれるかもね。と、言っているのだとしたら、ただホラーとして片付けるよりは説得力があると思います。

愛犬を殺されたおじいさんの気持ちを考えるとホラーってことにしておいた方がすっきりするかもしれませんが。

 
花咲かじいさんのように川上から犬(元は木の根だったり桃だったり香箱の中から出てくる場合もある)が流れてくる昔話は他にもあり、「雁取り爺」は話の内容もよく似ています。
東北地方では犬コムカシと呼ばれているようです。

この雁取り爺。
話の流れは花咲かじいさんと大体いっしょなのですが、灰をまいて花を咲かせるのではなく、まいた灰で雁を仕留めます。

中国にも花咲かじいさんに相当する「狗耕田(くこうでん)」という話がありました。
隣人のじいさん同士の対比が描かれる花咲かじいさんと違い、こちらで描かれているのは兄弟の対比。
兄弟が分家する際に欲張りな兄はほとんどの財産を。
優しい弟は犬を相続し、犬が畑を耕したことをきっかけに弟は富を得る話です。

 
雁取り爺や狗耕田と花咲かじいさんを比べて気づいたことがありました。

雁取り爺や狗耕田とつく話の中には犬の名前について書かれているものは見つかりませんでしたが、花咲かじいさんに登場する犬には意外と名前がついているんですよね。
「しろ」だったり「シロ」だったり。
世の中には「ポチ」と呼ばれている花咲か犬もいるようです。
ポチはおそらく、明治に生まれた歌「花咲かじいさん(花咲爺)」の影響だと思われます。

昔話に出てくる人や動物に、主人公以外で固有名詞がついているというのは珍しいのではないでしょうか。

シロは見た目そのままな名前ですが、犬の体毛が白いというのは重要なポイントだと思うので強調されているのかもしれません。
白い動物は神の使いと言われていますし、犬が元々家で飼われていたバージョンの花咲かじいさんでも名前がシロだとすごい犬なんだろうと思えるので不思議です。

次回は不思議な宝物と犬の話について調べたいと思っています。
世界中に分布している昔話らしいので驚きのパターンが見つかりそうです!

花咲かじいさんに出てくる犬は福をもたらす犬?(前編)

第1回「桃太郎」に続き、本日は「花咲かじいさん」のお話です。
日本には五大御伽噺というのものがあって、そのうちの一つが「桃太郎」。
他に「さるかに合戦」、「舌切り雀」、「カチカチ山」と続いて残す一つが「花咲かじいさん」です。
なんと!5つのうち2つの作品に犬が登場するんですね〜。
犬は昔から日本人に馴染み深い動物だということが窺い知れます。

実際、日本人がウンバボ言いながらマンモスを追いかけ回していた縄文時代から犬との関係は続いていると言われています。
その頃は狩猟のパートナーだったみたいです。

花咲かじいさんが成立したのは室町から江戸初期。
その頃の犬はもう一歩でペットってところでしょうか。

花咲かじいさんも犬を飼っていたことだし…………ん?

そういえばこの犬、最初から飼われていたわけではないような。
拾われてきたんだっけ?

あらすじを書こうと思ったんですがいきなり躓きました。

改めて考えると私の覚えている花咲かじいさんはかなりあやしい気がします。
せっかくなので答えを見る前にうろ覚え版を書き出してみましょう。
どのくらい当たっているか、答え合わせが楽しみです。

 
●うろ覚え花咲かじいさん●
子供のいなかったおじいさんとおばあさんは拾ってきた犬を可愛がっていました。
あるとき犬がここ掘れわんわんと鳴いたので、庭を掘ってみると大判小判がざっくざく。
隣の意地悪じいさんはそれを嗅ぎ付け犬を借りて行きましたが、鳴き声を上げた場所を掘ってもごみしか出てきません。
怒った意地悪じいさんは犬を殺してしまいます。

悲しんだ優しいおじいさんが犬のお墓を作って側に苗木を植えると次の日には木が大きく成長していました。
そしておじいさんの夢に犬が出てきて「この木を切り臼にして、餅をついてください。」と言うのでその通りにすると餅の中から小判が出てくるではありませんか。
おじいさんがたまげているとまたしても意地悪じいさんが現れて臼を借りて行きました。
けれど意地悪じいさんが餅をついてもごみしか出てきません。
怒った意地悪じいさんは借りた臼をかち割った挙げ句、燃やしてしまいました。

優しいおじいさんは悲しみに暮れながらも灰を集め、集めた灰を枯れ木にまきます。
すると枯れ木に花が咲いたのです。
それを見ていたお殿様があっぱれとご褒美をくれ、優しいおじいさんとおばあさんは幸せに暮らしました。
意地悪じいさんは優しいおじいさんを羨んで枯れ木に灰をまきましたが花を咲かせることができず、まいた灰がお殿様の目に入り投獄されましたとさ。

めでたしめでたし。

 
では続いて答え合わせをしたいと思います。
調べている過程で花咲かじいさんにもかなりのバージョン違いがあると知ったので今回は近所の図書館で借りてきた『日本の昔話 はなさかじい』と比べてみます。

はなさかじじい

『日本の昔話 はなさかじい』によると……

まず犬は香箱から登場します。
川へ洗濯に行った正直ばあさんが流れてくる2つの香箱を見つけて「中身の入っている方だけこっちへこい」と呼ぶと中身のある香箱が近づいてきて、中から小さな子犬が出てくるんです。

で、出だしから予想外の展開(^▽^;)

子供がいなかったから子犬を我が子のように可愛がるというくだりはありました。
そして「だんご汁がすき」と子犬が言うのでだんご汁をたくさん食べさせ、子犬が子牛くらいの大きさまで育ちます。

生まれたての子牛の体高が80cmくらいあるらしいんですよ。
さすがに育ち過ぎでは。

ここすごくつっこみたいんですが、話が進まないのでひとまずおいておきます。

 
子犬が子牛くらいまで大きくなった後はどうなるのかというと、正直じいさんが子犬と山の畑へ行きます。
そこで子犬が「ここ掘れわんわん」と鳴くので言われた通りにすると大判小判が出てきました。
隣の欲張りじいさんも犬を借りて山へ入りましたが、犬が鳴いた場所を掘ってもがらくたしか見つけられませんでした。

この辺りはわたしの記憶と大体合っていますね。
違ったのはこの後。
殺された犬を埋めたのは欲張りじいさんで、側に木を植えたのも欲張りじいさん。
ちなみにこの木が松です。

松の木に小鳥がとまっておじいさんに言いました。
「この木を切って臼を作れ」
犬が助言するわけではありませんでした。

そして作った臼で米をつくと臼から大判小判が出てきます。
しかし臼を借りていった隣人は米をついても馬糞・牛糞しかゲットできず。
臼は割られ、かまどにくべられ、灰になってしまいました。

わたしの記憶だとこのあと正直じいさんは回収した灰を枯れ木にまいてご褒美を貰い、ハッピーエンドになるわけですが……。

『日本の昔話 はなさかじい』では枯れ木にまく前段階があったのです。
おじいさんは持って帰った灰をこやしにしようと畑にまきます。
するとまわりの木に灰がかかって花が咲いたんです。

枯れ木にまけば花が咲くことを知った正直じいさんが街道でパフォーマンスをし、ご褒美を貰った。というわけですね。

わたしはおじいさんが突然灰をまき出したと信じていたので、おじいさんのことをずっと変人だと思っていました。
いやあ誤解が解けて良かったです。

『日本の昔話 はなさかじい』の面白いところはこのあと例に漏れず欲張りじいさんが正直じいさんのまねをして灰をまき、殿様にお仕置きされます。
ですが投獄されるでも殺されるでもなく自宅に帰れるんですよ。

後ろに「でっかい犬」を連れながら。

このでっかい犬については「うしろから、でっかい犬がついてきます。」以外に記述がありません。

「でっかい」がどの程度なのかは分かりませんが、考えちゃいませんか。
子牛サイズだったりして、って(笑)

ただ、ですね。
「突然枯れ木に灰をまくなんて奇行としか思えない」と考えていたとき、灰に何か(霊能があると信じられていたとか)あるのかと思って調べていたんですが、ウィキペディアの灰のページを見てみるとですね、こうあります。

灰は単に生命の終わったものではなく、新しい生命を生み出すもの、としての意味を持つことがある。
不死鳥は自らを炎の中で燃やし、その灰の中から再生するといわれる。(引用ここまで)

これを踏まえて花咲かじいさんを読むと、犬は、
犬→うす→(灰)→花と再生していったのだと思うんです。

仮に欲張りじいさんの後ろについてきていた犬が子牛サイズのだんご汁がすきだった犬だった場合どこで犬に戻ったんでしょうか。
飛び散った灰は全部花になったわけではなく、風に流された分が犬になった、とか?

 
長くなってしまったので、この犬は結局何なのか?
という疑問と類話については後編でまとめたいと思います!

昔話に登場する犬、童話犬の話

犬像シリーズが終了してからそろそろ4ヶ月。
もうそんなに経ったんですね。早いですね〜。

わたしの2014年は本当にあっという間でした。

 
今日から犬像シリーズに続く新シリーズスタートです。
その名も「童話犬シリーズ」。
わたしが国内外の犬が登場する童話(昔話)について調べていきたいと思います。

第1回は犬の出てくる昔話の定番『桃太郎』です!

日本人なら誰もが知っているであろう桃太郎ですが、全国各地に様々なバリエーションのものが存在します。
テレビに取り上げられたためか桃太郎が桃から生まれない回春型(桃を食べたおじいさんとおばあさんの子供として生まれたという話)は桃から生まれる桃太郎につづいて有名かと思います。

一番オーソドックスな展開だと、川で洗濯をしているおばあさんの元へ桃が流れてくる。→家に帰ってその桃を割ってみたら男の子が生まれる。→男の子は桃太郎と名付けられ、鬼退治をしたいと言い出す。

前半はこんな感じですよね。

この時点ですでに、桃はどこから流れてきたの?とか、どうして桃太郎はまっ二つにならなかったの?とか疑問はあるのですがファンタジーには野暮なつっこみという気がしないでもありません。

ただどう考えても桃太郎が人間だとは思えないのでその辺りにタネがありそうです。

流れてきた桃は仙境に生えている桃の木から落ちてきたもので、桃太郎は人間ではないからまっ二つにならなかった(もしくはまっ二つになったけど目にも留まらぬ早さでくっついた)。
とかちょっと良い線いっているのではないでしょうか。

後半は桃太郎がおじいさんとおばあさんに見送られて鬼ヶ島へ旅立つところからスタート。
おじいさん・おばあさんも桃太郎が人間ではないと薄々気づいていたのか「がんばってね」と実にあっさり送り出してしまいます。

装備はそこそこ、お弁当にきびだんごです。
このきびだんごは後に犬雉猿を家来にするため大活躍ですが……果たして犬雉猿はだんごなんて食べても大丈夫なんでしょうか。

うーん。
そもそもきびだんごの材料が分からない。

そんな時はやっぱりグーグル検索ですよね。

goo

きびだんごの作り方を調べてみたところそれらしいレシピを発見です!
それがこちら

だんごといっても材料はきびと砂糖だけというとても潔いレシピです。
動物たちがこれを食べてのどを詰まらせる心配はなさそうですが、おいしいのかはものすごく疑問です。

…いや、まてよ。
犬や雉や猿は余計なものが入っていない方がおいしく感じるのかも?
それに加えておばあさんはきびだんご作りの名人だったりすれば、きびだんご1つで鬼と戦いに行ってしまうのでは。

そこでわたしもきびだんごマイスターになったつもりできびだんごを作ってみることにしました。
作り方はより簡単そうなこちらを参考にしています。

mochikibihukuro

これをレシピに従い水350mlを加えて炊きます。

mochikibimizu

水がなくなるころにはだいぶ粘り気が出てきました。

mochikibitakiagari

もしかするとこれ、雉とか食べたらダメなやつじゃない?
と思ってしまうほど粘り気があります。
クックパッドのレシピだとこの後すぐ丸めているんですが、もうちょっとつぶつぶしていない方が良いなぁと余計な手間をかけるわたし。
木の棒でもちきびを潰します。

satou

桃太郎のきびだんごには入っていないだろうと思いつつ砂糖を15gだけ加えました。
無添加の状態で味見をしたのですが味が素朴すぎたので。

しかしいざ丸めようと思ったらもちきびが予想以上にゆるく少し寝かせることになりました。

rappu

ラップをして冷蔵庫へ。

翌日冷蔵庫から出てきたときにはすっかり丸めやすそうな固さになっていました。
さっそく丸めて皿に盛りつけます。

kibidango

うわっ、全然美味しそうじゃない……。
写真で見ると敷物も汚く見えるしで反省しました。

実際に食べてみても不味くはないのですが、だんごを食べているはずなのにおかゆを食べてる気分になります。

kinako

そこできなこをかけました。
この状態で食べてみると……!

相変わらずおかゆです(^▽^)
箸でつまめるおかゆ。

kibiyaki

焼いたらどうにかならないかな?と思いフライパンで焼いてみたりトースターで焼いたりもしてみましたが……
結果どうにもなりませんでした(^▽^)

 
作ってみて分かったこと。
冷やしても温めてもけっこう柔らかいので「お腰につけたきびだんご♪」は再現できない。
材料はシンプルな方がおばあさんのきびだんごに近いだろうと思って採用したんですが、他にも何か入れているんじゃないでしょうか。
たとえば餅米とかでんぷんを足していそうな気がします。

あと意外だったんですが丸めるときはべたべたでのどに詰まりそうだと思っていたきびだんごも、実際食べてみるとさらーっとしてるんですね。
これならお供の動物たちが食べても大丈夫かもしれません。

 
さて、わたしのきびだんご作りが終わったところでこの動物たちについて少し掘り下げてみたいと思います。

お供となった犬、猿、雉。
どうしてこの3種でなければいけなかったのでしょうか。
わたしが桃太郎の立場だったらもっと強そうな……たとえば熊とかをお供にしたいと考えます。

調べてみたところこの3種類の動物が選ばれたのにはいくつか説があるようです。

・桃太郎が成立した18世紀頃の日本に存在した動物は犬、猿、雉くらいだったから説。
・鬼は鬼門からくるという考えから裏鬼門にあたる申酉戌が仲間になった説。
・犬猿雉は儒教思想、仁智勇を象徴している説。
・「桃太郎」のモデルとなった物語の登場人物の名前から取った説。

この中だと最後の登場人物の名前から取った説が一番しっくりくるような気がします。
裏鬼門説と儒教思想説はちょっと後付けっぽいし、18世紀頃なら熊とか狸とか他にも動物はいますよね。

ここでいう「桃太郎」のモデルというのは「温羅(うら)伝説」のことです。
温羅伝説で主人公桃太郎に当たるのが吉備津彦命(きびつひこのみこと)。
この吉備津彦の家来に犬飼健(いぬかいたける)という人がいて、彼が岡山県吉備津神社の随神門に祀られています。
猿は楽々森彦(ささもりひこ)。雉は鳥飼部(とりかいべ)であった留玉姫(とめたまひめ)がモデルだそう。

調べれば調べるほど歴史ロマンが溢れてくる岡山県。
一度行ってみたくなりました(^▽^)